労務費に関する基準とは?著しく低い労務費の禁止と見積書を解説 2026年版
「見積りを出したら、労務費だけを削って戻された」「この単価では職人に払う分が残らない」。建設業の現場で長く続いてきたこの悩みに、法律が正面から手を入れました。令和7年12月12日に施行された改正建設業法により、通常必要と認められる額を著しく下回る労務費での見積りと、そこまで下げるよう求める見積り変更依頼が、どちらも禁止されたのです。
そして、その「通常必要と認められる労務費」の物差しとして、令和7年12月2日に中央建設業審議会が作成し実施を勧告したのが「労務費に関する基準」です。この記事では、基準の中身、見積書に何を書けばよいのか、違反するとどうなるのかを、条文に沿って整理します。
労務費に関する基準とは?まず結論から
労務費に関する基準とは、建設工事を施工するために通常必要と認められる労務費(賃金の原資)の相場観を示した公的な物差しです。公共工事か民間工事かを問わず、また発注者から技能者を雇用する会社までのすべての取引段階の請負契約が対象になります。
この基準がなぜ必要になったのか。国土交通省は、資材や経費が上がったときに、そのしわ寄せが最も削りやすい労務費に向かい、結果として技能者の賃金が上がらなかったことを背景に挙げています。建設業の技能者は令和6年時点で約300万人まで減り、55歳以上が約4割を占めます。担い手を確保するには、賃金の原資そのものを契約の段階で守るしかない、という判断です。
基準を作る権限は、建設業法にはっきり書かれています。

(中央建設業審議会の設置等)第34条
(中略)
2 中央建設業審議会は、第二十七条の二十三第三項の規定によりその権限に属させられた事項を処理するほか、建設工事の標準請負契約約款、建設工事の工期及び労務費に関する基準、入札の参加者の資格に関する基準並びに予定価格を構成する材料費及び役務費以外の諸経費に関する基準を作成し、並びにその実施を勧告することができる。
建設業法 第34条第2項(中央建設業審議会による労務費に関する基準の作成・勧告)
適正な労務費はどう計算するのか
基準が示す計算の考え方は、意外なほどはっきりしています。適正な労務費とは、次の式で導かれる額です。
「適切な職種の公共工事設計労務単価 × 施工条件・作業内容に照らして適正な歩掛」で求めた単位施工量あたりの労務費 × 施工量
ポイントは3つあります。第一に、労務単価は工事の施工場所が属する都道府県に適用される公共工事設計労務単価を使います。民間工事だから関係ない、ということにはなりません。第二に、歩掛は「受注者として責任を持って施工できる水準」を自社で計算して設定します。第三に、公共工事設計労務単価には技能者の賃金相当分しか含まれていないため、それ以外の経費は請負契約の中で別に計上する必要があります。
国土交通省は、一定の要件を満たす職種分野については具体的な数値(基準値)を定めて公表しています。ただし基準値はあくまで標準的な作業内容・施工条件を前提に算出されたもので、実際の契約では自社の歩掛で補正して計算するのが出発点です。基準値のない職種分野でも、適正な労務費を確保する必要性は変わりません。基準値が公表される職種分野は順次拡大されており、自社の工種に基準値があるかは最新の公表内容で示されています。
見積書に何を書くのか(材料費等記載見積書)
改正後の建設業法第20条は、見積書の記載事項と、その金額の水準の両方を定めています。
(建設工事の見積り等)第20条
建設業者は、建設工事の請負契約を締結するに際しては、工事内容に応じ、工事の種別ごとの材料費、労務費及び当該建設工事に従事する労働者による適正な施工を確保するために不可欠な経費として国土交通省令で定めるもの(以下この条において「材料費等」という。)その他当該建設工事の施工のために必要な経費の内訳並びに工事の工程ごとの作業及びその準備に必要な日数を記載した建設工事の見積書(以下この条において「材料費等記載見積書」という。)を作成するよう努めなければならない。
2 前項の場合において、材料費等記載見積書に記載する材料費等の額は、当該建設工事を施工するために通常必要と認められる材料費等の額を著しく下回るものであつてはならない。
(中略)
6 建設工事の注文者は、第四項の規定により材料費等記載見積書を交付した建設業者(建設工事の注文者が同項の請求をしないで第一項の規定により作成された材料費等記載見積書の交付を受けた場合における当該交付をした建設業者を含む。次項において同じ。)に対し、その材料費等の額について当該建設工事を施工するために通常必要と認められる材料費等の額を著しく下回ることとなるような変更を求めてはならない。
7 前項の規定に違反した発注者が、同項の求めに応じて変更された見積書の内容に基づき建設業者と請負契約(当該請負契約に係る建設工事を施工するために通常必要と認められる費用の額が政令で定める金額以上であるものに限る。)を締結した場合において、当該建設工事の適正な施工の確保を図るため特に必要があると認めるときは、当該建設業者の許可をした国土交通大臣又は都道府県知事は、当該発注者に対して必要な勧告をすることができる。
建設業法 第20条第1項・第2項・第6項・第7項(材料費等記載見積書と著しく低い材料費等の禁止)
ここでいう「材料費等」に含まれるのは、材料費と労務費だけではありません。国土交通省は、労務費の確保に伴うしわ寄せを防ぐために、次の3つを内訳明示の対象として位置づけました。
- 法定福利費(事業主負担分)…健康保険料、介護保険料、厚生年金保険料、子ども・子育て拠出金、雇用保険料、労働者災害補償保険料
- 安全衛生経費…建設工事従事者の安全及び健康の確保の推進に関する法律に基づく安全衛生の確保に関する経費
- 建設業退職金共済制度の掛金…証紙またはポイントを購入する場合
つまり、材料費・労務費・法定福利費・安全衛生経費・建退共掛金の5つを内訳として示し、そのうえで本社経費や利益が乗る、という構成になります。工程ごとの作業日数を書く点も見落とされがちです。詳しくは建設工事の見積期間とは?元請が下請に設ける法定日数を解説もあわせてご覧ください。
著しく低い労務費は誰が禁止されているのか
改正前は、原価を割るような契約を押しつけることが禁止されていたのは注文者だけでした。改正後は受注者である建設業者にも同じ禁止がかかります。安く受けてしまうこと自体が法違反になり得るという、発想の転換です。
(不当に低い請負代金の禁止)第19条の3
注文者は、自己の取引上の地位を不当に利用して、その注文した建設工事を施工するために通常必要と認められる原価に満たない金額を請負代金の額とする請負契約を締結してはならない。
2 建設業者は、自らが保有する低廉な資材を建設工事に用いることができることその他の国土交通省令で定める正当な理由がある場合を除き、その請け負う建設工事を施工するために通常必要と認められる原価に満たない金額を請負代金の額とする請負契約を締結してはならない。
建設業法 第19条の3第1項・第2項(注文者と受注者の双方に対する原価割れ契約の禁止)
第2項の「正当な理由」は建設業法施行規則第13条の11に3つ定められています。自社が保有する低廉な資材を使えること、先端的な技術や蓄積された技術・技能で工事原価の低減が図られていること、緊急の必要その他やむを得ない事情があることです。お得意様価格や閑散期の値引きで総価を安くすること自体は否定されませんが、その原資は自社の利潤相当額の範囲から出す必要があり、下請に払う材料費や労務費を削ってはいけない、というのが国土交通省の整理です。
違反した場合、建設業者は国土交通大臣または都道府県知事から指導・監督処分を受け、発注者は勧告・公表の対象になります。第20条第7項の勧告の対象になるのは、通常必要と認められる費用の額が500万円(建築一式工事は1,500万円)以上の請負契約です。【要確認】どこからが「著しく下回る」かの具体的な線引きは個別事案ごとの判断で、行政の運用はこれから積み上がっていく段階です。
適正な労務費を確保する見積り・契約の進め方
実務でやるべきことを、契約までの順に並べると次のようになります。
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- ステップ1 施工条件を書面で確認する
- 注文者から示された工事内容・工期・施工条件を確認し、あいまいな点は先に質問します。条件が固まっていない見積りは、後から労務費を削る口実になりがちです。
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- ステップ2 自社の歩掛で労務費を計算する
- 施工場所の都道府県に適用される公共工事設計労務単価と、自社が責任を持って施工できる歩掛から、単位施工量あたりの労務費を算出し、施工量を乗じます。基準値がある職種分野は基準値を出発点に補正します。
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- ステップ3 必要経費を積み上げる
- 法定福利費(事業主負担分)、安全衛生経費、建設業退職金共済の掛金を、労務費とは別に内訳として計上します。ここを丸めてしまうと、労務費にしわ寄せが戻ってきます。
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- ステップ4 材料費等記載見積書を作成して提出する
- 工事の種別ごとの材料費・労務費・必要経費の内訳と、工程ごとの作業日数を記載します。国土交通省が見積書の様式例と書き方の案内を公表しているほか、専門工事業団体の標準見積書も使えます。
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- ステップ5 価格交渉の記録を残す
- 金額を動かす交渉になったときは、何をどう変えた結果いくらになったのかを書面で残します。工事の内容が変わらないのに労務費だけが下がる変更依頼には、根拠を示して応じない姿勢が必要です。
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- ステップ6 契約書を交わし、見積書を保存する
- 建設業法第19条の記載事項を満たした契約書を取り交わします。当初見積書と最終見積書は、契約書と同じく目的物の引渡しから10年間の保存が求められます。
契約書の記載事項については建設工事の請負契約書の作り方|建設業法19条の記載事項と電子契約を解説で詳しく整理しています。
よくある失敗
- 注文者の指定様式にそのまま合わせてしまう…労務費や必要経費を書けない様式で見積りを出すと、内訳が示せません。指定様式とは別に、内訳を明示した見積書を添えて提出する方法があります。
- 下請から見積りを取らずに元請へ出してしまう…後から下請に想定より高い労務費を請求されても、原則として自社の負担になります。工事を受ける前に下請の見積りを取るのが安全です。
- 一人親方への発注で回避しようとする…規制の適用を避けるために雇用を請負に切り替える形は、働き方の実態が労働者であれば偽装請負として労働関係法令に触れるおそれがあります。
- 見積書を残していない…当初版と最終版の差額を説明できないと、調査の際に不利になります。
社会保険の加入も、労務費とあわせて確保すべき必要経費に直結します。あわせて建設業許可と社会保険の加入義務とは?未加入だと許可が取れない要件を解説もご確認ください。また、下請代金の支払いについては下請代金の支払期日は50日以内|建設業法のルールと遅延利息を解説で解説しています。
当事務所にご相談いただく場合
当事務所では、見積書の内訳の組み立て方、注文者から見積り変更を求められたときの返し方、契約書の記載事項の点検など、書面の面からのご相談をお受けしています。建設業許可の取得や決算変更届とあわせてのご依頼も可能です。
初回のご相談は無料です。お電話(03-4500-1030)のほか、オンラインでのご相談にも対応しています。費用は工事の規模やご依頼の範囲によって変わりますので、正式なお見積りはご依頼いただく前にご提示します(ご安心ください)。なお、賃金の支払いや雇用契約そのものに関する手続きは社会保険労務士の業務、税務の判断は税理士の業務となりますので、必要に応じて連携してご案内します。
まとめ
労務費に関する基準は、値切り交渉の是非を感情で語る話ではなく、公共工事設計労務単価と歩掛という計算根拠を見積書に載せて、対等に話し合うための共通言語です。令和7年12月12日の施行後は、著しく低い労務費で見積りを出すことも、そこまで下げるよう求めることも法違反になり得ます。まずは自社の見積書に労務費と必要経費の内訳が書けているかを確認するところから始めてください。
建設業許可の全体像は、建設業許可のすべて(総合ガイド)でまとめて解説しています。




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