民泊・旅館業の近隣への事前周知とは?条例の説明義務と範囲を解説 2026年版

民泊の届出や旅館業の許可のご相談をお受けしていて、いちばん多くの時間を要するのは図面でも消防でもありません。近隣への事前周知です。しかもこの手続きは、物件を借りたり工事を始めたりする前に段取りしておかないと、後から取り返しがつきません。

「近所に説明が必要なのは知っているが、どこまでの範囲に、いつまでに、何を伝えればよいのか分からない」。この記事はその疑問に、順を追ってお答えします。

国の法律には「近隣への事前周知」の規定がない

意外に思われるかもしれませんが、住宅宿泊事業法にも旅館業法にも、近隣住民への事前の説明を義務づける条文はありません。住宅宿泊事業法が事業者に求めているのは、宿泊者に対する説明、苦情への対応、そして標識の掲示です。

(苦情等への対応)第10条

住宅宿泊事業者は、届出住宅の周辺地域の住民からの苦情及び問合せについては、適切かつ迅速にこれに対応しなければならない。

住宅宿泊事業法 第10条(苦情等への対応)

(標識の掲示)第13条

住宅宿泊事業者は、届出住宅ごとに、公衆の見やすい場所に、国土交通省令・厚生労働省令で定める様式の標識を掲げなければならない。

住宅宿泊事業法 第13条(標識の掲示)

第10条は「苦情が来たら対応せよ」という事後のルール、第13条は届出番号などを表示した標識を掲げよという表示のルールです。開業前に近隣へ知らせる義務を作っているのは、法律ではなく自治体の条例・規則・ガイドラインだという構造を、まず押さえてください。

住宅宿泊事業法第18条は、生活環境の悪化を防止するために必要があるときは、条例で区域を定めて実施期間を制限できると定めています。この条文を根拠に各自治体が条例を作り、そこに周知の手続きを組み込んでいるのです。旅館業についても同じで、旅館業法施行条例という形で自治体ごとの上乗せがあります。

自治体ごとに「いつ・誰に・どうやって」が違う

ここが最大の落とし穴です。同じ東京23区でも、時期も範囲も提出書類もそろっていません。当事務所が実際に扱っている区を例に整理します。

自治体時期周知の範囲方法・提出書類
世田谷区(民泊)届出に先立って(日数の定めなし)敷地境界からおおむね10メートルの範囲の家屋の所有者・居住者。共同住宅なら同一の階と上下の階の同一位置の居室。分譲マンションなら管理組合または管理者ポスティングによる説明資料の個別配付等。事前周知内容記録書(様式1)を作成し届出に添付
渋谷区(民泊)届出をしようとする日の60日前まで(令和8年7月1日以降の届出住宅)区の条例・規則が定める周辺住民等事前周知後、速やかに事前周知内容記録書と周知に用いた書面を区へ提出。周知事項に廃棄物処理業者の許可番号を追加
渋谷区(旅館業)申請日の少なくとも60日前から許可日まで標識を設置。説明会は申請前(実施日の7日前までに周知)近隣住民標識は縦1.2メートル以上・横0.9メートル以上。設置日から7日以内に標識設置届、説明会実施日から7日以内に説明会報告書
豊島区(民泊)届出の14日前まで【要確認】おおむね20メートルの範囲書面による周知に加えて説明会の実施。町会加入の協議、国内代理人の選任も令和7年12月15日から追加
墨田区(旅館業・民泊)許可申請・届出に先立つ事前手続おおむね20メートルの範囲(令和8年4月1日施行の新条例で10メートルから拡大)標識の設置と、説明会の開催または戸別訪問。説明会は開催日の5日前までに掲示と文書配布等で周知

渋谷区で民泊を始める場合、届出の60日前までに周知を終えていなければなりません。物件の契約から開業までの資金計画は、この2か月を織り込んで組む必要があります。豊島区では、令和8年12月16日から区域と期間の制限が施行され、区域と期間の制限に違反した者には5万円以下の過料が科されることになっています。区ごとの営業日数や区域の制限は東京23区の民泊 上乗せ条例まとめ|平日営業制限と実質日数、豊島区の新規制は【2026年12月施行】豊島区で民泊ができなくなる?新規制の内容と今からできる対策で詳しく解説しています。

【要確認】これらの内容は改正が続いている分野です。着手前の周知の方法・範囲は、当該自治体の最新の手引・条例で定められています。表に挙げた4区以外の自治体についても、条例や要綱の有無を個別に確認する必要があります。

「自分のケースだと、どうなる?」と思ったら,読み進める前にお気軽にご相談ください。初回のご相談は無料です。

周知の対象は「隣の家」だけではない

範囲の考え方でつまずく方が多いので、世田谷区のガイドラインを例に具体化します。世田谷区は周辺住民等の範囲を、次の3つの層で定めています。

  • 距離で決まる層…住宅の敷地に隣接または近接(敷地の境界線からの距離が10メートル程度の範囲)する土地にある家屋を所有し、または居住する住民。
  • 建物の内側の層…共同住宅の一室で行う場合は、さらに同一の階および上下の階の同一位置にある居室の住民。分譲マンションであれば、加えて管理組合または管理者。
  • 求めがあれば広がる層…周辺住民等に該当しない地域の自治会から要望があった場合の自治会長など、事業者が必要と認める者。

3つ目の層があることに注目してください。町会・自治会は、範囲の外にいても説明を求めてくることがあります。豊島区のように町会加入の協議そのものを手続きに組み込んでいる区もあります。実務では、周知に回る前に町会の連絡先を調べておくと、後の段取りがずいぶん楽になります。

周知すべき内容

何を書いた紙を配ればよいのか。世田谷区のガイドラインは、次の5項目を挙げています。ほかの自治体でも、おおむねこの範囲に落ち着きます。

  • 施設名称
  • 所在地
  • 事業者名および緊急時連絡先(管理業務を委託する場合は委託先の管理業者についても同様)
  • 周辺住民からの問い合わせの方法等
  • 事業を実施する期間(例:土日祝日で実質年間118日等)

加えて渋谷区では、令和8年7月1日以降の届出について廃棄物処理業者の許可番号が周知事項に追加されました。ごみの出し方は近隣トラブルの筆頭ですから、誰がどう回収するのかを最初に明らかにしておく、という趣旨です。

緊急時連絡先については、書いて終わりにしないでください。住宅宿泊事業法第10条が求める苦情への対応は、開業後にずっと続く義務です。管理を委託する場合、駆けつけまでの時間が問われます。世田谷区のガイドラインは、苦情があってから現地に赴くまでの時間について30分以内を目安とし、交通手段の状況等により時間を要することが想定される場合は60分以内を目安としています。開業後の義務は民泊(住宅宿泊事業)の運営義務とは?宿泊者名簿・標識・2か月ごとの報告を解説にまとめています。

事前周知の進め方

  1. ステップ1 保健所へ事前相談する
    物件の所在地を管轄する保健所で、周知の範囲・時期・様式を確認します。世田谷区のように、届出に先立つ事前相談そのものがガイドラインに定められている区もあります。ここで様式一式を受け取ります。
  2. ステップ2 周知の範囲を図面で確定する
    公図や住宅地図に敷地境界からの距離を落とし込み、対象となる家屋・居室を一覧にします。共同住宅であれば同一階と上下階の部屋番号、分譲マンションであれば管理組合の連絡先も押さえます。町会・自治会の区域も確認します。
  3. ステップ3 周知の書面を作成する
    施設名称、所在地、事業者名と緊急時連絡先、問い合わせ方法、実施期間などを記載した書面を作ります。自治体が見本を用意している場合は、それに沿うのがもっとも確実です。
  4. ステップ4 期限から逆算して周知を実施する
    ポスティングによる個別配付、標識の設置、説明会や戸別訪問など、自治体が定める方法で実施します。届出の60日前まで、14日前までといった期限は、この実施日を基準に判定されます。
  5. ステップ5 実施の記録を残す
    日時、周知先(名称または部屋名)、申し出のあった意見、その対応状況を記録書にまとめます。掲示した標識の写真、配布した書面の控えもあわせて保存します。記録の提出を求める自治体が増えています。
  6. ステップ6 届出・申請を行い、開業後も窓口を維持する
    記録書を添えて届出または許可申請を行います。受理後は標識を掲示し、周知した緊急時連絡先を実際に機能させます。苦情があった場合の対応記録も残していきます。

民泊の届出全体の流れは民泊(住宅宿泊事業)の始め方|届出の流れ・180日制限・必要書類を解説、旅館業(簡易宿所)の許可は簡易宿所の営業許可とは?旅館業許可の要件・保健所・消防対応を解説をご覧ください。

周知は「同意を得る手続き」ではない

誤解を解いておきます。事前周知は、近隣の同意や承諾を得る手続きではありません。反対意見が出たからといって、それだけで届出が受理されなくなるわけではありません。求められているのは、必要な相手に、必要な内容を、定められた方法と時期で伝え、その事実を記録に残すことです。

とはいえ、記録に残すのは意見と対応状況までを含みます。世田谷区の記録書も、申し出のあった意見とその対応状況を書く欄を設けています。寄せられた声にどう応えたかが、そのまま書面に残るという設計です。誠意をもって対応することが、結局は最短ルートになります。

もうひとつ、周知とは別に確認しておくべきものがあります。建物の管理規約と賃貸借契約の使用目的です。分譲マンションで管理規約が住宅宿泊事業を禁止していれば、近隣にいくら丁寧に説明しても事業はできません。賃貸物件であれば、転貸や用途についての貸主の承諾が必要です。周知の段取りに入る前に、この2点を先に片づけてください。

よくある失敗

  • 物件を契約してから周知の期限を知る…渋谷区の60日前のように長い期間を求める区では、家賃だけが発生する空白期間が生まれます。物件を決める前に自治体を確認するのが鉄則です。
  • 周知はしたが記録を残していない…配ったこと自体は事実でも、記録書と書面の控えがなければ手続き上は実施したことになりません。掲示の写真も撮っておきます。
  • 同一建物の他の住戸を対象から外す…距離だけで範囲を考えると抜けます。共同住宅では建物の内側にも対象があります。
  • 町会・自治会を想定していない…範囲外でも説明を求められることがあり、区によっては加入の協議が制度に組み込まれています。
  • 緊急時連絡先が実際にはつながらない…周知した番号に出ない状態が続くと、苦情が区へ直接持ち込まれ、指導や立入検査につながります。
  • 旅館業だから周知は不要だと考える…旅館業法に規定がなくても、条例で標識設置と説明会を義務づけている区があります。民泊よりも重い手続きを求める区も珍しくありません。

当事務所にご相談いただく場合

当事務所では、物件を決める前の自治体調査から、周知範囲の図面作成、周知書面と記録書の作成、説明会の段取り、保健所・消防署・建築指導課との事前相談、届出・許可申請までを一貫してお受けしています。東京都内の区ごとの違いは実際に手続きを重ねて把握しており、開業日から逆算した工程表をお渡しできます。

世田谷区の民泊については世田谷区の民泊ルール|住居専用地域の平日営業制限と届出の流れを解説もあわせてご覧ください。初回のご相談は無料です。お電話(03-4500-1030)またはオンラインでご相談いただけます。費用はご依頼の範囲によって変わりますので、正式なお見積りはご依頼いただく前にご提示します(ご安心ください)。

まとめ

近隣への事前周知は、国の法律ではなく自治体の条例とガイドラインが作っている手続きです。だからこそ、時期も範囲も方法も自治体ごとにばらばらで、届出の60日前までという区もあれば、日数の定めがない区もあります。押さえるべきは4つ。物件を決める前に自治体を確認すること、範囲は距離と建物の両面で考えること、伝える内容に緊急時連絡先とごみの扱いを必ず入れること、そして実施を記録に残すこと。この4つを最初の段取りに組み込めば、周知が理由で開業が遅れることはなくなります。

民泊・旅館業の許可と届出の全体像は、民泊・旅館業許可の総合ガイドでまとめて解説しています。

出典